2025年11月は4週連続で同窓会がありました。ここまで集中することは珍しく、それぞれ振り返りたいと思います。前回からのつづき
燕水会(旧東京工業大学水泳部同窓会)は、毎年プールで午前にOG戦(女子)、午後にOB戦(男子)、夕方から学生会館で交流会が行われます。私はここを2度(入学直後、2年修了時)中途退部しており、本来顔向けできる立場ではありません。といいながら、卒業後は会社の寮が大学そばにあったこともあり、厚かましくも水球審判の練習で足しげく通っていたところ、いつしか名簿に載せてもらっていました。

”Institute of SCIENCE TOKYO‴の名前も新しく
イメージ通りのハードな水球練習は当時週6日、屋外プールで3,4月の桜が舞う中でプール開きが行われます。5月には水球リーグ戦が待っているので仕方がありませんが、水温が16℃を切るとどれだけ動いても体は温まりません(個人の感想です)。現在は学内温水プールで週4日練習し、土曜日はOBも集い燕水会として水球練習を行っています。
私自身は水球自体と縁が遠くなっていますが、夏場は近所の市民プールで細々と泳ぎ続けています。千葉に居を戻した20年前から体力測定として市民水泳大会に参加を続けたところ「市役所勤務の中学後輩」「塾講師で高校先輩のスイミングクラブ同期」など徐々に縁が広がりました。

市民大会会場の千葉公園プールは夜まで営業
家業を継いでからは、冬場も帰宅途中に千葉市営北谷津温水プールで泳ぐようになりました。ここは私が小学4年の時に開業した中学部活の冬季練習場。土曜日放課後に部活仲間と1時間ほど歩いて通っていました。今は車で10分の寄り道で1~2㎞泳いでいます。その甲斐あってか、2025年は6月恒例の「県民の日タイムトライル(千葉県国際水泳場)」で十数年ぶりに長水路50m自由形での30秒切りを達成!

いつ以来か不明の長水路20秒台!
さらに10月スポーツの日イベント泳力検定では200m個人メドレーで泳力検定1級もクリア!! 同時の水球体験会にも参加して水球の面白さと自分の「仕上がり」を実感し、久々に大学の水球に挑戦しようと思い立ちました。

初めての個人メドレー計測
当日、久々にプール中でボールを触ると、巻き足(立ち泳ぎ)しながらボールを空中で片手キャッチするハンドリングがおぼつかず。ウォーミングアップのシュートもスピードが上がらず、不安を抱えたまま試合が始まりました。上から年次順に約2分で全員(6人)交代し、私は上から第2番目です。2度の中退で迷惑をかけた上下の代の出席者は、今もOB練習に参加する猛者ばかり。その中で体力を温存する術はなく、最初から飛ばします。それなり動けていましたが、得点を狙う気概と体力はなく、アシストに徹していました。出番は3回ってきましたが、最後は心拍に異常を感じ「ここで死んだら部に迷惑がかかる」と自分に言い訳してパスしました。水球の後は競泳タイムトライアルが行われ、私も50m自由形にエントリー。短水路ながら30秒を切って、少し面目が立ったような気がしました。
その後、全員が集まって総会開始。「泳がない組」はここから合流です。一時期当社会計顧問を頼んだ2期後輩の林田和久公認会計士とは仕事の近況報告。

田所会長は土木の専門家
部活道の実績報告では、特に競泳陣の目覚ましい活躍が紹介されました。以前は水球競泳両方の掛け持ちが必須でしたが、現在は問わないようです。その中で、4年田中理敬さんインカレ出場の快挙に会場が湧きました。田中さん、実は高校も同じで高校32期、大学31期後輩にあたります。個人戦で日本代表などトップレベルが集う競泳でのインカレ出場は、葛城水泳会創部95年で初の快挙です! さっそくこの場を借りて、高校同窓会会報に水泳部として寄稿を依頼しました。
最後は類別に記念撮影。旧東工大は「類」と番号で呼ばれる7つの学科群単位で入試が行われていましたが、現在は名称を付した「学院」単位です。私が所属した6類は、現在環境・社会理工学院に改組されています。現役生に出身を問われ「社会工学科というのが昔あってね、、」と答えたところ、まったく初耳だったようです。思い出話に耽溺することなく、時代に合わせて自分のアップデートしようと思い直しました。
以上、4回の同窓会それぞれ懐かしい旧友と会えました。特に大学水泳部は気が引けていましたが、いざ行ってしまえば楽しめることも分かっています。今の自分は顔を出すこと自体が仕事。「腹をくくって厚かましく」の精神で、これからも人と会うことを楽しみ続けたいと思う54歳の秋でした。










