父が亡くなり、最初の年末を迎えます。
末期がんと診断されてから、「今年が最後」と毎年正月は各地を家族旅行していました。父が鹿児島県、母が岩手県出身の我が家にとって、帰省がそのまま日本縦断の旅でした。高速道路が整備されてからは車で帰省することも多く、千葉から鹿児島までは20時間を要していました。水曜どうでしょうさながらに狭い乗用車内で悪態をつき合っていましたが、これ自体が我が家のコミュニケーションだったのだと思い返しています。
今度の正月は地元千葉で迎えることとなりそうです。私の住処は千葉市美浜区の埋立地。近所では毎年11月末に稲毛あかりまつり「夜灯(よとぼし)」が行われています。
高度成長期まで、稲毛は潮干狩りや海水浴などが行われる別荘地でした。海沿いの小高い丘に浅間神社が立ち、一の鳥居は干潟に立っていました。そこで新月の夜に火を灯して漁を行っていたそうです。これにちなんで、近所の幼稚園や小学校などが灯篭を作り、京成稲毛駅周辺の道路や公園に並べられます。
京成稲毛駅周辺は、住所が「千葉市稲毛区稲毛」であるように、由緒ある旧市街です。埋立前の海岸線には現在国道14号線6車線が走り、反対側は美浜区になります。当日は国道からJR稲毛駅に向かう県道も歩行者天国となり、京成稲毛駅構内にも灯篭が並べられます。
年によっては我が子達も灯篭を作っていましたが、今年は作成しなかったようです。両親は15歳で上京しましたが、私は千葉で暮らし続けています。子供たちは将来どこで暮らすか想像もつきませんが、故郷の一風景として夜灯を思い出してもらえれば、親としては望外です。