中型風力発電設備の実証実験は無事終了。近隣の方に対し日常生活への影響について行ったアンケート結果も問題なしとのことでした。風車の撤去も完了し、今はその痕跡もありません。
千葉からは遠い東京都西多摩郡、せっかくの機会なので、稼働確認に合わせてゆかりのある場所を訪ねます。近所の東大和市には、私が通った中小企業大学校があります。
私が中小企業大学校を知ったきっかけは、中小企業診断士の2次試験でした。当時の中小企業診断士制度は資格が「工業」「商業」「情報」の3部門に分かれ、2次試験はそれぞれに固有の事例問題が3問出題されますが、これとは別に、全部門共通問題として「中小企業対策」という論述科目がありました。「〇〇について論ぜよ」の形で600字が2問、200字が4問出題され、そのうちそれぞれ1問、2問を80分間で回答します。600字は主に法令が、200字は具体的な施策が問われますが、内容、時間とも試験中に考える余地はなく、特に200字の受験対策はひたすら丸暗記です。合格には「100問」「200問」が必要などと喧伝され、二次試験対策講座募集パンフレットの合格カレンダーには、直前2週間から前々日まで毎日「中対(中小企業対策の略称):ひたすら書く」と太字で書かれていました。毎年1次試験後には当年の中小企業施策を論述文案集としてまとめた中小企業対策合格答案&マテリアルズ(マンパワー出版)など年度版の対策本が刊行され、ビジネス書の週間ベストセラーとして書店の棚を飾っていました。私自身は受験中(合格前)に試験制度が変更されためこの苦行から解放されましたが、合格後に行われる企業診断実習の師匠曰く「ここで覚えた施策の活用を提案することこそが中小企業診断士の存在意義」だったそうで、試験制度改革により受験生が質的に変化したそうです。
当時の私は、幸いにも就職氷河期の中で大学専攻の都市計画を仕事にでき、税金より安定(?)した運賃収入を得る大手鉄道会社に就職したものの、このまま企業勤めを続けていいのか迷っていました。そこに人事部勤務の同期が仕掛けた「全社一斉『30歳』研修」で同い年全員が年次職制関係なく招集され、それぞれキャリアプランを考えさせられていました。

「30歳」の名称は不評で、次年度以降変更されたそうです
そのころ、酔った父から、それまで全く聞くことがなかった「戻ってこい」コールがかかるようになりました。そんな中、「中小企業大学校は、経営者、後継者、中小企業支援者のために中小企業総合事業団(当時)が運営する教育機関である。」と毎日試験対策で暗唱するうちに、自分でそこに行く気になり、後継者コースの締め切り直前に会社に辞表を提出し、当社名義で申し込んでいました。
後継者コース23期
後継者コースの同期は16人。当時中小企業大学校は全国に9校あり(これも要暗記)、後継者コースは東京校と関西校に設置されていました(現在は東京校のみ)。当時の様子は9年前にここで記載の通りで、同期で唯一家業を継がずにそのまま再就職した後ろめたさから足が遠のいていましたが、年賀状のやり取りは今も続いています。

当時の名札 今年10月には47期生が入校
改めての事業再承継から気が付くと早12年。当社現場として大学校近くの来たのも何かの縁でしょう。風車の稼働を現場で見届けた帰りがけにアポを取り、そのまま都営バス梅70系統に乗ってお邪魔しました。現役生はちょうど校外研修中で不在とのことでしたが、当時と同じ後継者コースの教室に案内いただき、記念写真を撮っていただきました。

後継者コース教室にて
さらに当時我々をサポートしていただいた担当者の方々は現在も中小企業基盤整備機構に在籍されているとのことで、私の母校訪問を伝えていただき、その後メールで旧交を温めることができました。
経営後継者ネットワーク
さて、このように細々ながら旧縁がつながりつつある中、OB会からもお声がけいただくようになりました。後継者コースの開校は年1回、研修期間は10か月のため、前後の期と重なることはありません。年1回のOB合同研修はありますが、期を超えたつながりを意識する機会は多くありません。
そこで、改めて「創業後継ネットワーク」としてOB会のSNSが立ち上がり、情報交換や研修企画が行われるようになりました。そして今回、3期から34期まで30年以上にわたり後継者コースで指導された高橋茂人先生によるマネジメントゲーム研修が開催されました。

会社名は毎回変更、今回は事務所新築にちなんで”ReNEW”
当社は5年前に会場は地元コミュニティセンターに高橋先生をお招きし、全員参加研修としてマネジメントゲームを実施しました。次回は自社新事務所竣工のこけら落とし研修として企画中ですが、今回OB会で開催されるとのことで、下見名目で参加してきました。会場は後継者コースOB会副会長の細谷さんが社長を務める大阪市の株式会社トーケミ本社。2年前に事務所内装を一新したとのことで、バーラウンジがある会議室には、全国の事業所から新入社員が集うそうです。なお、現在後継者コースではマネジメントゲーム研修が実施されなかった代もあったとのことで、先輩からその評判を聞いた若手OBも参加して初体験です。さらに、当日欠席者の代役として、本業の傍ら後継者ネットワークの事務局も務めるトーケミ安達さんも急遽参戦しました。

白熱するマネジメントゲーム
マネジメントゲームは本来みっちり丸2日をかけておこないますが、今回は全国からの移動を考慮して初日の午後から翌日昼下りまでの短縮開催。夜は会議室でマネジメントゲームに例えて企業経営論を語り合います。高橋先生によると、マネジメントゲームにおける現役経営者の意思決定は後継者コース時代とは違うそうで、それぞれ自社でリアルに意思決定を続けてきた重さが感じられるとのことでした。

夜の部はトーケミ細谷社長挨拶でスタート
こうして1泊2日の研修は終了。今や国家予算的にも流行りもの扱いの事業承継ですが、それとは別に日々経営を続ける当事者として、同じ釜の飯を食った仲間がいる心強さを感じる2日間でした。

トーケミ本社で記念撮影
おまけ
トーケミ様所在の大阪市十三はネギ焼きの本場。25年前の東急勤務時代、箕面市の商業施設(現みのおキューズモール)の開発要員として週1回ペースで東急不動産関西ビル事業部に派遣されていました。そこで企画会社の社長から「十三のネギ焼き屋に連れて行ってやる」と言われ楽しみにしていましたが、上記の30歳研修の最中に人事異動を申し渡され、果たせずじまいでした。今回、やっと当時の思い残しを取り戻すことができました。

25年越しの念願、十三でネギ焼き










