私は高校1年の夏休みから当社で工事(機械警備、屋内電気配線)の現場に入りました。父からは「掃除くらいできるだろ!」と送り出され、現場では職長の指示に従います。慣れていくと徐々に仕事も任され、最終的には制御装置本体以外の配管、配線、機器設置などは一人でできるようになりました。
 当時すでにバブル崩壊がささやかれていましたが、不動産開発は急には止まりません。国道16号線沿いには大型店舗が雨後の筍のように建設され、最終工程となる機械警備工事業者は猫の手も借りたい状態。とはいえ、私も大学生になり一人暮らしもはじめ、家業の手伝いは可能な限り避けたいところ。そこで、代役として近所の幼なじみや高校水球部の同級生、後輩に声を掛けてアルバイトに来てもらいました。そしてありがたいことに、後輩たちは私の卒業後も続けてくれました。
 それから20年。古宮さんから会長を引き継いだ葛城水泳会(高校同窓会)のプール総会で、卒業直後の大学1年生から当社でアルバイトをしたいという申し出がありました。そこから同級生に話が広がり、最終的に5名が参加しました。親子ほど年齢の離れた我が後輩たちは仕事の覚えも早く、しかも多士済々。芸術学部の学生はそのセンスで見映えよく機器を設置し、建築学科の学生はCADで竣工図も作成します。中には「現場は勘弁」とばかりに事務作業とアルバイト勧誘に力を発揮する学生まで現れました。そこに、ハンガリーの大学医学部に秋入学予定という樋口さんも加わりました。曰く「医者になったら他の仕事をする機会はないので、高校卒業から大学入学までの半年間で違った経験をしたい」。そこで当社のような工事現場の仕事を選ぶのは大したものです。渡航までまとまった時間が取れることから少し突っ込んで施工管理も担当し、長期現場では工事写真を撮影から整理まで一貫して担当してもらいました。
 以来、定期試験後の長期休暇で帰国の度に連絡をもらい、タイミングが合えばアルバイトもお願いしていました。私も「卒業までにハンガリーに遊びに行く」と約束していたのですが、途中、コロナ禍が全世界を襲いました。医学生目線で見たコロナに対する日欧の違いをリアルタイムで教えてもらうことはできましたが、訪問自体はすっかり諦めていました。
 ところが、卒業直前の今年6月に最後の機会としてお誘いをいただきました。これは一も二もなく行くしかありません。本来この時期当社決算(5月末)業務に掛かりきりのはずですが、心はすでに雲の上。旅行準備も今は飛行機、宿、ユーレイルパス(鉄道)の手配などネットですぐにできます。パスポートの有効期限も問題なし。その他社内諸々の管理業務は取締役の皆川さんに全権委任(丸なげ)し、連絡をもらってから2週間後には当地にいました。

飛行機はロシア、ウクライナを回避して黒海経由

飛行機はロシア、ウクライナを回避して黒海経由


 樋口さんは国費留学生としてペーチ大学医学部で6年間学びました。授業は英語、ドイツ語、ハンガリー語の3プログラムが用意されていますが、英語プログラムには世界各国から留学生が集い、学費や生活費も基本的にハンガリー政府が負担してくれるそうです。到着したのは卒業式の3日前でしたが、臨席する親御さんが国内外各地から来ているとのことで、私も間違われました。大学になってまで入学卒業式典に親が参加するかは意見が分かれるところですが、彼のご両親は参加しない派だそうです。既にEUの医師免許は取得し、帰国後は来年2月に実施される日本の医師国家試験に向けて準備を始めるそうです。
医学部講義棟 卒業口頭試問合格後この階段で仲間に報告!

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 ペーチはハンガリーの首都ブダペストから南に200km程離れた、人口15万人ほどの都市です。キリスト教にまつわる世界遺産もあり、樋口さんには市内観光にお付き合いいただきました。夕食は市街を見下ろす山の中腹にある眺望の良いレストラン。お互い歩くことに抵抗がないので坂道を歩きましたが、レストラン近くまでバス路線が通り、終点折返し場がありました。ヨーロッパでは小さな町でもバスやLRT(路面電車)などの公共交通網が充実し、車に頼れない交通弱者も移動する権利が(交通権)保証されています。日本では今年に入りバスの衰退が著しく当社も最寄バス路線が廃止されてしまいましたが、遅ればせながら千葉市ではバス事業者を支援するとのこと。高齢運転の危険性が認知されてきた今こそ、車に頼らない街の作り方、使い方を再考したいと個人的に思います。
山の麓のパノラマレストランbagolyvar

山の麓のパノラマレストランbagolyvar


 翌日、樋口さんに教えてもらった市内のプールで泳ぎました。ここはプロ水球チームPVSKのホームプールでもあるようで、創設100周年を祝うのぼりが建っていました。
地元プロPVSKは1919創設

地元プロPVSKは1919創設


 ハンガリーは誰もが知る水球強豪国ですが、帰国後聞いたところによると、日本人元プロ水球選手でパリオリンピック日本代表コーチ長沼敦さんも以前所属されていたそうです。今回の訪問にあたりプロリーグの観戦を楽しみにしていたのですが、残念ながら公式戦は5月に終了とのこと。試合会場となる長水路(50m)プールの片面ではジュニア水球教室が行われていました。
左半面は水球とASの練習中

左半面は水球とASの練習中


 最終日、ハンガリーの首都ブダペスト市内を観光しました。大学4年の卒業旅行以来30年ぶりの訪問ですが、当時はビザ(査証)が必要でウィーンのハンガリー大使館で手続きを行いました。実際の滞在は半日しか時間が取れず、ドナウ川中洲のマルギット島にある国立競技場のサブプールで行われていたジュニア水球の練習を見るだけで終わりました。今回は世界遺産ブダ王宮などを一通り回ったうえで、やはり夜はマルギット島プールで水球見学。マスターズと思しき年配者が試合していましたが、やはり雰囲気が違います。2週間後にここでオリンピック直前の国際強化試合が開催され日本代表も参加するとのことでしたが、こちらもスケジュールが合わずでした。
 帰りがけ、公園内ではオリンピック走行イベントが行われていました。噴水をプロジェクターとして、出場選手とともに歴代金メダリストを紹介していました。ここでもやはり団体として水球チームが目を引きます。夜も更けて帰りは路面電車。島南端にかかるマルギット橋には路面電車の電停があります。ここから見る「ブダ」「ペスト」両岸の夜景は絶景中の絶景ですが、スマホ電池切れで撮影できませんでした。

つづく